2009年8月8日 星期六
タイ料理編(JCBカード)
據說小深頗愛一人去旅行,這個JCB信用卡的廣告非常符合小深個人的形象(愛吃XD和愛旅行^-^),去辦卡的時候?一臉幸福的樣子說很想吃泰國料理(是說這樣就要跑去泰國了嗎?這不是跟因為巴西贏了世界盃就要去巴西的小深本人很像XD~笑)卻被警告說很辣的呢!小深不信邪(這個場景也很面熟,好像在sxs的bistro也見過…笑),下一幕就是小深辣到一邊大舌頭一邊哭樣子…Orz卡哇依~
機械に嫌われた女編(DION,2003)
2009年8月6日 星期四
2009.08.06 ダ・ヴィンチ深津繪里
ダ・ヴィンチ的九月號

己經發行了,想買的話!可能不好買,除非你人在日本,那請聯絡我一下XD

這個封面很特別,特地給它轉過來,看的比較清楚,嗯!頭髮盤起來的小深很漂亮
------------分隔線------------
同場加映:ダ・ヴィンチ - 2006年2月号

己經發行了,想買的話!可能不好買,除非你人在日本,那請聯絡我一下XD
這個封面很特別,特地給它轉過來,看的比較清楚,嗯!頭髮盤起來的小深很漂亮
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同場加映:ダ・ヴィンチ - 2006年2月号
2009.07.16 J-NUDE 76号 深津絵里
這應該算是…非賣品吧!朝日新聞出版的,像報紙?的東西
76号 深津絵里 インタビュー 想像してごらん 瞳をとじて そしてひらいて


內容如下:
深津絵里 インタビュー
想像してごらん 瞳をとじて そしてひらいて
女の子って幼いころから
冷静にものごとを見ているんじゃないかな。
だからいつでも鮮明に思い出せる風景があったり
環境や生い立ちに左右されない普遍的な
感覚があるんだと思う。
きっとなにかあるんでしょうね、女の子には。
図工の時間に
おいしそうな
イチゴミルクが
できあがりました
深津絵里さんはほんとうによく笑う。大きな瞳がすっかりなくなるぐらいにやさしくほほえんだり、カラカラと楽しそうな声をあげたり、かすかな笑みをすっと頬にたたえていたり。自然とまわりのひとたちも、笑顔がたえなくなります。
「子どものころから想像力はたくましかったかもしれません。図工の時間に赤と白の絵の具を水で溶いているうちに、それが本物のイチゴミルクにみえてきて、思わず飲んじゃったんです(笑)! それが本物のイチゴミルクにみえてきちゃって。イチゴミルクの香りまでしてきたんですよね、『おいしそう!』って(笑)」
その想像力の広がりと深まりを、さまざまな作品のなかに生きる女性になるために、深津さんは使っています。
「とくに舞台は演じる側も観る側もすごく想像力を使う。実際にそこにないものでも存在するように感じとるわけですものね。今年のはじめに再演した『春琴』(サイモン・マクバーニー演出)では、演出家が想像しているものをわたしたちがカタチにしていくというものでした。自分ではないひとの頭のなかにあるイメージをくみとるということもまた、想像力ですよね」
想像力が磨かれたという『春琴』の公演を終え、深津さんはまた新たな想像の世界に飛びこみました。それが西原理恵子さんの自叙伝的作品を原作にした映画『女の子ものがたり』。
深津さん演じる漫画家の菜都美はつらいことがあると「わたしはしあわせ、わたしはしあわせ、わたしはかわいがられてる」と唱えることで、もうひとりの自分を想像するような少女でした。
「小学生、少女、そして現在と菜都美の三つの世代を、わたしをふくめた3人の俳優が演じたのですが、なかなかむずかしかったですね。菜都美の過去にあったことを、当然わたしも知っているから、ついつい哀しい気持ちになって泣けてきてしまうんです。その気持ちをなんとか閉じこめなくてはならないのが思ったより大変でした」
そして別のシーンでは、自分は演じていない少女時代をあたかも体験してきたかのように意識していなければなりませんでした。でもそれがおのずとひとつになった瞬間があったそうです。それは少女時代の菜都美がいつも歩いていた一本道を、おとなになった菜都美がふたたび歩くというシーン。
「小学生の菜都美を演じている森迫永依さんが一本道を歩いているシーンにじーんとしました。『あれがわたしなんだ』ってすごく不思議な感覚。菜都美はここを歩いて大きくなって、わたしもそこを歩くんだな。この道を“小さいわたし”は毎日どんな気持ちで歩いていたのかなって」
心なしか言葉をつむぎ出すペースがはやくなります。
「作品を観てくださる方に、どんなふうに伝わるかわからないけど、すごくこころが熱くなったんです」
「とにかく読んでみて!」と友人に薦められたのが『女の子ものがたり』の出合い。そのときは映画化の話はもちろん知りませんでした。
「おさない菜都美の姿をみて、ランドセルを背負って登下校していた自分の姿がよみがえってきました。すべての言葉がとてもシンプルでストレート。それなのに冷静に読んでいられなくなってくるんです。破壊力とでもいうのでしょうか(笑)、とにかくすごいのひと言につきるんです。西原さんが自分の体験をもって“哀しみ”という感情を知っているから、この作品が読むひとの心を動かす力をもつんじゃないかなと思いました。そしてここまで自分をさらけ出したからこそ、胸を打つんでしょうね」「すばらしかった」と澄み切った笑顔で語る深津さん。読み終わったとき、猛烈に西原さんに会いたくなったといいます。
「どんなことでもそうなんですけれど、とりあえずやってみて、あとから考えるタイプなんです。事前にあまり細かいことを考えられないんですよ。わたし自身になにもないから、飛びこんでいけるのかもしれません」
そんなところに映画出演のオファーが届き、深津さんはまずは飛び込んでみることにしました。
「西原先生の仕事場をお訪ねしたんです。何かを知ろうとするとき、見ると見ないでは全然ちがう。やっぱり実際に体験すると、たしかな感情がもたらされるんです。西原先生の作品が深く響いてくるのも、そこに“体験”があるから。だからわたしも体験や経験できることはできるかぎりしておきたいと思うんです。芝居であっても、ウソのないリアルが伝わるといいなって」
感じたことをすなおに表現できればいい─。そこだけはブレないようにしたい。
「演じる人間って、どうしてもどう演じているのかを観てほしいというほうに目が向かいがちになる気がするんです。わたしも以前は『わたしはこんなふうにしなきゃいけない』と、そういう環境に自分をもっていこうとするところがありました」
それが『春琴』ではがれ落ちた。
「サイモンの作り方は『自分がよければいい』の対極にありました。そういう環境で演じることで、とにかく大事なのは作品だということにあらためて気づかされました」
たどってきた
自分の道のりには
どんなものが
残っていますか?
「過去があるから、いまがある」。それは深津さんが『女の子ものがたり』を観て感じたこと。そして深津さんは、日々こんなことを思っているそうです。
「俳優って出会いがあるから動くことができる仕事。たとえば西原さんはなにもないところからモノをつくっていくけれど、わたしはすでにカタチとしてあるものに出合い、そこから作品にかかわっていくんです。だから縁やめぐりあわせがとても大切。そこで経験したことが、わたしにとって、とても価値あることなんですよね」

森 鈴香(ジェイヌード)
=インタビュー、文
奥村恵子(Image)=写真
-----------------分隔線---------------------
頭髮真的很長了,小深~不知OD3會剪短嗎?
以前小深留長髮好像也就這麼長
還會繼續留下去嗎?很好奇
同場加映:J-UNDE 42号
去參加小深新電影試映會真好
76号 深津絵里 インタビュー 想像してごらん 瞳をとじて そしてひらいて


內容如下:
深津絵里 インタビュー
想像してごらん 瞳をとじて そしてひらいて
女の子って幼いころから
冷静にものごとを見ているんじゃないかな。
だからいつでも鮮明に思い出せる風景があったり
環境や生い立ちに左右されない普遍的な
感覚があるんだと思う。
きっとなにかあるんでしょうね、女の子には。
図工の時間に
おいしそうな
イチゴミルクが
できあがりました
深津絵里さんはほんとうによく笑う。大きな瞳がすっかりなくなるぐらいにやさしくほほえんだり、カラカラと楽しそうな声をあげたり、かすかな笑みをすっと頬にたたえていたり。自然とまわりのひとたちも、笑顔がたえなくなります。
「子どものころから想像力はたくましかったかもしれません。図工の時間に赤と白の絵の具を水で溶いているうちに、それが本物のイチゴミルクにみえてきて、思わず飲んじゃったんです(笑)! それが本物のイチゴミルクにみえてきちゃって。イチゴミルクの香りまでしてきたんですよね、『おいしそう!』って(笑)」
その想像力の広がりと深まりを、さまざまな作品のなかに生きる女性になるために、深津さんは使っています。
「とくに舞台は演じる側も観る側もすごく想像力を使う。実際にそこにないものでも存在するように感じとるわけですものね。今年のはじめに再演した『春琴』(サイモン・マクバーニー演出)では、演出家が想像しているものをわたしたちがカタチにしていくというものでした。自分ではないひとの頭のなかにあるイメージをくみとるということもまた、想像力ですよね」
想像力が磨かれたという『春琴』の公演を終え、深津さんはまた新たな想像の世界に飛びこみました。それが西原理恵子さんの自叙伝的作品を原作にした映画『女の子ものがたり』。
深津さん演じる漫画家の菜都美はつらいことがあると「わたしはしあわせ、わたしはしあわせ、わたしはかわいがられてる」と唱えることで、もうひとりの自分を想像するような少女でした。
「小学生、少女、そして現在と菜都美の三つの世代を、わたしをふくめた3人の俳優が演じたのですが、なかなかむずかしかったですね。菜都美の過去にあったことを、当然わたしも知っているから、ついつい哀しい気持ちになって泣けてきてしまうんです。その気持ちをなんとか閉じこめなくてはならないのが思ったより大変でした」
そして別のシーンでは、自分は演じていない少女時代をあたかも体験してきたかのように意識していなければなりませんでした。でもそれがおのずとひとつになった瞬間があったそうです。それは少女時代の菜都美がいつも歩いていた一本道を、おとなになった菜都美がふたたび歩くというシーン。
「小学生の菜都美を演じている森迫永依さんが一本道を歩いているシーンにじーんとしました。『あれがわたしなんだ』ってすごく不思議な感覚。菜都美はここを歩いて大きくなって、わたしもそこを歩くんだな。この道を“小さいわたし”は毎日どんな気持ちで歩いていたのかなって」
心なしか言葉をつむぎ出すペースがはやくなります。
「作品を観てくださる方に、どんなふうに伝わるかわからないけど、すごくこころが熱くなったんです」
「とにかく読んでみて!」と友人に薦められたのが『女の子ものがたり』の出合い。そのときは映画化の話はもちろん知りませんでした。
「おさない菜都美の姿をみて、ランドセルを背負って登下校していた自分の姿がよみがえってきました。すべての言葉がとてもシンプルでストレート。それなのに冷静に読んでいられなくなってくるんです。破壊力とでもいうのでしょうか(笑)、とにかくすごいのひと言につきるんです。西原さんが自分の体験をもって“哀しみ”という感情を知っているから、この作品が読むひとの心を動かす力をもつんじゃないかなと思いました。そしてここまで自分をさらけ出したからこそ、胸を打つんでしょうね」「すばらしかった」と澄み切った笑顔で語る深津さん。読み終わったとき、猛烈に西原さんに会いたくなったといいます。
「どんなことでもそうなんですけれど、とりあえずやってみて、あとから考えるタイプなんです。事前にあまり細かいことを考えられないんですよ。わたし自身になにもないから、飛びこんでいけるのかもしれません」
そんなところに映画出演のオファーが届き、深津さんはまずは飛び込んでみることにしました。
「西原先生の仕事場をお訪ねしたんです。何かを知ろうとするとき、見ると見ないでは全然ちがう。やっぱり実際に体験すると、たしかな感情がもたらされるんです。西原先生の作品が深く響いてくるのも、そこに“体験”があるから。だからわたしも体験や経験できることはできるかぎりしておきたいと思うんです。芝居であっても、ウソのないリアルが伝わるといいなって」
感じたことをすなおに表現できればいい─。そこだけはブレないようにしたい。
「演じる人間って、どうしてもどう演じているのかを観てほしいというほうに目が向かいがちになる気がするんです。わたしも以前は『わたしはこんなふうにしなきゃいけない』と、そういう環境に自分をもっていこうとするところがありました」
それが『春琴』ではがれ落ちた。
「サイモンの作り方は『自分がよければいい』の対極にありました。そういう環境で演じることで、とにかく大事なのは作品だということにあらためて気づかされました」
たどってきた
自分の道のりには
どんなものが
残っていますか?
「過去があるから、いまがある」。それは深津さんが『女の子ものがたり』を観て感じたこと。そして深津さんは、日々こんなことを思っているそうです。
「俳優って出会いがあるから動くことができる仕事。たとえば西原さんはなにもないところからモノをつくっていくけれど、わたしはすでにカタチとしてあるものに出合い、そこから作品にかかわっていくんです。だから縁やめぐりあわせがとても大切。そこで経験したことが、わたしにとって、とても価値あることなんですよね」

森 鈴香(ジェイヌード)
=インタビュー、文
奥村恵子(Image)=写真
-----------------分隔線---------------------
頭髮真的很長了,小深~不知OD3會剪短嗎?
以前小深留長髮好像也就這麼長
還會繼續留下去嗎?很好奇
同場加映:J-UNDE 42号
去參加小深新電影試映會真好
2008.02.07 深津絵里 j-nude vol.42

內容如下:
深津絵里 インタビュー
すがすがしい
日本のわたし
年齢を重ねるうえで大事なのは
失いたくないものと
身につけたいことのバランス感覚。
自然体でいられたら、
自分が何者かわかってくる。
重荷が軽くなって
ラクになると思うんです。
目の前に
あらわれるのは
みたことのない日本
あまりにもリアルな夢に、おどろいて目をさます。そのざわざわした気分を落ちつかせたくて、夢の話をだれかにしたくなる。でも、いきおいこんでクチをひらいてみるものの、言葉がつづかない。あれ、どんな夢だったっけ?
「人」の「夢」と書いて、儚い。それは夢のように、めざめてしまえば消えてしまうこと。深津絵里さんは以前からこの言葉にひかれています。でも、この“はかない”、海外の人には理解のむずかしい感覚のひとつのようです。
「蛍光灯、ロウソク、懐中電灯、スポットライト。サイモンさんのお稽古ではそれぞれの点灯する瞬間をカラダで表現する課題がありました。そのときに気づきました。ロウソクのあかりから受ける印象って、西洋と日本ではまるでちがう。西洋の人たちが感じるロウソクの火とは、つよくて熱いエネルギーのかたまりだそうです。でもわたしたち日本人には風にゆらめき、いまにも消えそうな印象。それこそ、はかなさを感じるもの」
“サイモンさん”とは、いま深津さんが稽古に打ちこんでいる舞台作品『春琴(しゅんきん)』の演出家、サイモン・マクバーニーさんのこと。村上春樹さんの短篇小説を題材にした『エレファント・バニッシュ』を日本人キャストで演出し、ニューヨークやパリ、ロンドンなどの海外公演でも絶賛される舞台につくりあげた現代演劇の鬼才です。
そのサイモンさんの最新作になるのが、谷崎潤一郎の『春琴抄』『陰翳礼讃』をモチーフにした、この『春琴』です。
「“はかない”がわかりにくいとわかったとき、谷崎文学に濃密な日本人の美意識、それを舞台にしようとするサイモンさんの情熱って、やっぱりすごいなあと思いました。視点や発想が自由なんですよね、サイモンさんは。それを日本人として生まれ育ったわたしたちが表現することで、あたらしい発見が生まれると思うんです」
そうは言っても、外国人演出家との仕事ははじめてのことです。
「でもサイモンさんには日本の美しさに対してつよい思いがあります。だからお稽古中、『わたしも日本人でよかった』と感じる瞬間が何度もありました。日本人でなかったら、サイモンさんの作品に出演する機会だってなかったわけですし」
稽古も前半は海外で。そのはじめての体験についても、「東京にいるよりもストレスがなくて、かえってラクでした」と明るく笑う。
「ちょっと驚いたのは、今回の作品には戯曲がないこと。そしていまお稽古が半分おわったところですが、いまだに出演者全員の役柄がきまっていない(笑)。だからと言って、とまどうことはないんです。『こういうつくり方もあるんだ、新鮮!』って感じです」
新鮮な感覚には、こんなこともあったそうです。
「はじらいや謙虚さといった美意識も、日本にはありますよね。ですからサイモンさんのストレートなほめ方には、ちょっととまどいました。なれていないので(笑)。でもほめる内容といい、タイミングといい、ほんとに上手なんです。役者の集中力が高まって、いいものができた。その瞬間をのがさないし、ほめるのも、その瞬間にあるエネルギーやテンションの高さのこと。だから言語のちがいはあっても伝わっている、共有できると実感できました」
飛び込んでいけば
未知なる自分に
出会えるはず
『春琴』出演のきっかけは、昨年夏のオーディションをかねたワークショップに参加したこと。
「とにかくワークショップをみてみたかったんです。わたしはいつも考えるよりも先に飛び込むタイプ。それには勇気が必要かもしれません。でも勇気のいることって、結果的に得られるのは楽しいことのほうが多い。まよったり、後悔することはあっても、あとには引きずりません(笑)」
いくつもの女性の人生を演じる女優の生き方とは、こうしたチャレンジのくりかえしなのですね。
「舞台の仕事に魅力を感じるのは、幕がおりてしまえば、すべて消えてなくなること。そのはかなさなんです」
2月21日から開幕の『春琴』。それは深津さんにとっての幻想的で、濃密な夢のような体験を、客席のすべての人が共犯者になるひと時なのです。

齋藤正弘(ジェイヌード)
=インタビュー、文
奥村恵子(Image)=写真
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比較喜歡最新一期^_^
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